
ただ、花沢類の場合は、まだ大学生だ。いかに有能で、才能と知恵に溢れていても、社会経験は浅い、それなのに、父親があまりにも高齢なので、花沢財閥を受け継ぐときが、間近に迫っていた。 それは、あまりにも大きな心の負担だった。
類の父親が、新妻つくしと類が、別の新居を構えることを許さなかったのは、つくしを財閥の令夫人としての責任と自覚を学ばせるためであり、また、家政を取り仕切る知識と経験を、出来るだけ早く、吸収させたかったからである。
しかし、類の母親は、まだ若く、つくしとの同居を単純に喜んだ。 花沢類の母親、花沢淑子は、つくしをファッションの着せ替え人形のように、扱った。 若い娘と、高級ブティックでの買い物は、世のすべての母親の夢の生活なのだ。
姑の花沢淑子は、家でも楽しめるようにと、丁度、女の子がバービー人形に着せ替えを楽しめるようにと、ブティックで一度に買い揃えて行く。つくしにとっては、目の回るような光景だった。なんとなれば、どのお洋服も一着で、父親の半年分のお給料が吹き飛ぶような値段だったからだ。
